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大どんでん返し!    [製作日誌]

昨年の12月に打ち合わせをしてスタートした、今仕上げ中の作品。
実際に撮影がスタートしたのが6月18日で、打ち合わせの時点で1月29日の完成試写会が決まっていて、ずっと追われるように仕事をしてきました。
で、ここにきて完成試写会が中止になり、しばし頭がぼーとしていました。

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2階の部屋に置いている満開の 「シャコバサボテン」 です。
たくさん咲いているので、たくさんの方に見て頂きたいのですが、さすがに外の寒さには耐えられないかな・・・と。
暖かい日には外に出す等、きめ細やかにできればよいのですが、うっかりすれば仕事に夢中になって入れ忘れる可能性が大なのです。

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スチール撮影の打ち合わせのためにお邪魔したミッドタウンの富士フィルムフォトサロン。
開催されていた 「第19回 写真家達によるチャリティー写真展」 のギャラリートークで示されたこの数字。
昭和22年は20万で、平成26年は2080。
この大きな違いのある数字が何を示しているか? お分かりになるでしょうか?
私は偶然にも最近の数字として3000以下というお話をお聞きしていたので想像できました。
なんと、1年間に乳幼児(1歳未満)が亡くなる数です。戦後の栄養失調がどんなに多くの幼い命を奪ったかが分かります。

完成試写会は延期になったけれど、私は粛々と仕事をしていこうと思っています。
17日は名古屋でのスチール写真撮影。私は立ち会えないので、詳しいメモを作り添付ファイルで送りました。昨日の好天のように、名古屋での撮影も運が応援してくださいますように!

なんとか撮影を乗り越えました! [製作日誌]

先週の日曜日にぎっくり腰になってしまい、接骨院に通いながら、できるだけ安静に過ごしていました。ビクビクしながらゆっくりと動いて金曜日は都内のロケ。
土曜日から愛媛ロケに出掛け、なんとか撮影を終えて無事に自宅へ戻ることができました。

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行きに乗った飛行機は手前にちょっと写っている飛行機。
晴天に恵まれ、愛媛は上着の要らない暖かさでした。

今回のロケは、医療的ケアの必要な子供たちを中心に撮影している作品の最後のロケでした。
戦後すぐに誕生した方で、すでに亡くなられている方なのですが、最後まで皆さんに大切にしていただいて生き切った方のご両親にお話を伺うというものでした。
90代後半になられているご両親はとても柔和なお顔をしておられて、ゆったりとした伊予弁で話してくださいました。その話はまるで絵が浮かぶようなお話で、お子さんとの一瞬一瞬の時間が心に刻まれているのだなぁ~と思いました。
インタビュー撮影の後、親子で歌を歌いながら散策したという海辺を撮影。
とても静かな海でした。

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帰りの飛行機の時間ギリギリまで、今回の作品のプロデューサーでもある社会福祉法人むそうの代表戸枝陽基さんのインタビュー撮影をしてクランクアップとしました。
なんとか無事に撮影を乗り越えられてほっとしています。
私は松山に一泊して、「シネマルナティック」 に顔を出して戻ってきました。

まだ、急に動くと危険な感じですし疲れもありますが、自宅まで無事に戻れたのでミッションを果たした感じです。明日からは編集の日々。チラシ作りもあるので、一つ一つ乗り越えていこうと思っています。

ブログを更新できないまま、心優しいコメントをくださった皆さん>
nice!をしてくださった皆さん>ありがとうございました!
少しずつ、以前の更新ペースを取り戻していきたいと思っています。

今日も編集をしています    [製作日誌]

6月に撮影がスタートしたNPO法人の仕事。確か打ち合わせは昨年の12月だったような・・・。
なかなか具体的に動き始めず、でも、上映は2016年1月29日と決まっています。
気の小さい私は間に合うのかハラハラし通しなのです。

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プレッシャーを感じているところに、更なるお願いで10月25日に見せるための映像を編集しています。発注する側には、これこれを見せたいという思いはなく、最近の様子を見て貰いたいというニュアンス。これが案外難しい!
という訳で、ずっと、編集作業をしています。

さらっと見て頂くために音の調整が重要で、音を嵌め変えたり、レベルを上下させたり、声の部分だけを移動したり、見えない仕事が結構多くあります。
文字情報を入れてほしいと言われた記憶はないのですが、映像だけでは分かりにくいところを補いたいと思っています。ナレーションをわざわざ録って貼り付ける時間はないので、その方法しかありません。

一通り繋いで(本編で手間の掛かる編集をしそうな部分には手を付けず)これから細かい作業に入ります。どの位の長さになるかだけ、早めに伝えないと当日の段取りがしにくいと考えました。
長さを連絡したら、あとはコツコツと作業を重ね、なんとか月曜日には目途が付くところまで持って行きたいと思っています。

火曜日はこの日しか撮れない内容なので随分前から撮影が決まっています。他にも、まだまだ撮りたいと思っていることがあるのですが、編集作業のために動けない日ができて、撮影計画も仕切り直しになっています[もうやだ~(悲しい顔)]

高田世界館特別バージョンの編集    [製作日誌]

『旅する映写機』 の次回作の撮影は、ほぼ終了しているのですが、そこで足踏み状態が続いていて動けずにいます。
次回作は映写技師さんを中心に構成を考えています。

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日本で一番古い映画館と言われている 「高田世界館」 のフィルム映写を担当している久保田定さんは、80歳を超えておられる大ベテランです。若き支配人の上野迪音さんはフィルム映写の見習い中です。

2015年3月14日は北陸新幹線開通を祝って、大林宣彦監督が 「高田世界館」 で講演をされ、『転校生』 のフィルム上映がありました。
1回きりの上映なので10~15分くらいに分かれて届くフィルムを、そのまま交互に上映する “玉掛け” と呼ばれている方式で上映するというので、貴重な機会だと撮影に伺いました。
大林宣彦監督には 『旅する映写機』 のパンフレットに原稿を書いていただいたので、そのお礼を直接申し上げたいとも思いました。

大ベテランの見事な映写を撮影するつもりで出掛けたのですが、なんと、映写早々に映写機のベルトが切れるという大事件が起きてしまいました。20年に1度起こるか起こらないかのトラブルです。
映画を観ていた皆さんは気付かなかったと思いますが、映写室は本当に大変なことになっていました。何しろ、撮影を止めて、一時は私自身が下のリールを手回ししてフィルムを受けていたくらいですから・・・。

そして、今月10・11日に 「高田世界館」 などを会場に映画鑑賞団体全国連絡会議主催の 「上越フェステイバル」 が開催されます。その場で有難いことに次回作の宣伝をするチャンスを頂きました。今日は、そこで上映して頂く 「高田世界館特別バージョン予告篇」 の編集をしていました。
朝からずっと編集をしていて、頭が酸欠状態になってきたので終わりにしたところです。
明後日は撮影があるので、明日中にほぼ形にしたいと思っています。

雨の日の撮影    [製作日誌]

随分昔の話ですが、我が家にホームステイしたカナダの青年が日本のアニメの大ファンで、「わたしはあかいぶたをみました」 と言うので、一瞬考えて 「紅の豚ですね?」 と応じたことを思い出しました。

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雨に濡れた 「千日紅」 です。
長い間、赤い色が褪せないことから 、この名が付いたそうです。
ドライフラワーにしても、赤い鮮やかな色は長い間保たれるそうです。

今日は都内で撮影。
幼い子供たちを撮る時は三脚を使わず手持ちで撮っています。
カメラを気にする子もいますが、ほとんどの子がもう慣れてきてカメラを意識しません。
今日は撮影NGのお子さんが居なかったので、気にせずに広い絵を撮ることができました。
誰かが泣いている、誰かがいたずらをしている、誰かがたん吸引をしている・・・。そんな賑やかな朝の風景を撮ることができました。

今日はインタビュー撮影がメインだったので三脚を持参して、時間が空くのを撮影しながら待っていました。でも、仕事が終わりそうにないので、時間を戴いてインタビュー撮影。
段々色々なことが分かってきました。
事前に丁寧に調べて撮影に入る方もいらっしゃるのですが、私はあまり勉強せずに撮影しながら色々理解をし、自分自身が感心を持ったことを次に撮るという方法で撮影を進めています。
一つ一つ理解して一段一段階段を上るように撮影をしています。作品を観る人の多くも私と同じように、関係者でない限り何の知識もないまま作品に出会うので、同じように段々理解していく形でよいのではないかと思っています。

今日は大ベテランの看護師さんにインタビュー。大学病院の救急救命を経験し、今は訪問看護師として働きながら、若い人を育てることにも心を砕いている方。話の一つ一つがとても具体的なのが魅力でした。
帰りは雨。荷物が多すぎて傘を差さずに駅まで歩きました。

明日は浅草でヨーガの勉強会。
頭の切り替えをして、翌日の上映会に参加したいと思っています。

『小さな町の小さな映画館』 の上映があります!
2015年9月26日(土) 15:00~ 17:00~
場所は、多摩市豊ヶ丘1-11-1 ダイニングバー・モンキーランド
詳細は ↓ こちらを参照してください!
http://taenoha.com/

名古屋・沖縄・都内ロケ、無事に終了しました!    [製作日誌]

医療依存度の高いお子さんたちを中心に撮影をいているNPO法人の作品。
タイトルは未定ですが、来年1月29日に上映が決まっています。
今頃は編集に入っていなければならないのに、まだまだ撮影を続けています。

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20代のAさんは、グループホームで暮らし作業所で働いています。
生まれた時は管が繋がられていて、お母さんは抱くこともなかなかできなかったそうですが、今回はヘルパーさんと一緒に沖縄旅行にチャレンジです。
余裕で到着した名古屋空港は雨でした。

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晴天の沖縄が見えてきました。
今回サポートに入ったYさんが雨女だそうで、晴れ女の私と勝負をすることに!
沖縄では私の勝ちだったようで連日[晴れ]

チリで大きな地震があって、1日くらいで沖縄にも津波が到着というニュースを知ってびっくり!
今日中に海に行こうということで海辺に。
サンゴ礁の海は 「足が痛いよ~」 ということで、グラスボードに乗ることにしました。
美しい海と魚を夢中で見ていたのはヘルパーのAさんの方でした(笑)
沖縄は初めてだそうです。

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沖縄料理を堪能した翌日は、Aさんのリクエストで 「美ら海水族館」 へ出かけることに。
イルカショーを見たり、食事をしたり、ゆっくり過ごして、琉宮城蝶々園、北谷経由で、今回の旅のメイン浦添のライブ会場へ。

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実はAさんユキヒロさんの大ファン。
名古屋で催されるユキヒロライブには必ず出かけています。
今回はユキヒロさんの地元・沖縄でのライブに合わせて旅行を計画しました。

名古屋のライブでは飛んだり跳ねたりノリノリのAさんなのですが、いつもと違う会場でお客さんたちも違うので、ちょっと乗り遅れてしまった感じ。
でも、それも重要な情報だよなぁと、8時から11時までのライブを2台のカメラで撮影。
地元の知人に運転と撮影をサポートして頂きました。感謝!

撮影が終わってホテルに到着したのは12時過ぎ。
すぐにテレビを付けて国会中継を見たのですが、その頃、Aさんはライブ会場での不完全燃焼をホテルの部屋で爆発させていたそうです。
撮影できず残念ですが、そういうものなのですよね・・・。

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翌日は公設市場などで買い物を堪能。
お土産を買うのに迷って迷って、それも楽しそうでした。
帰る日になって、沖縄に来ていてお土産を買うという現実がハッキリしたのかもしれません。

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少し早目に那覇空港に到着できそうなので、滑走路に入て来る飛行機が間近に見られるという瀬長島の橋の上でスタンバイ。
轟音と共に飛行機が近づいて来る様子に大喜びしていました。
大喜びする姿を画像で紹介できないのが残念ですが、とっても楽しそうでした。
携帯のカメラで写真は撮ったのですが、ここでも一番の笑顔を撮り損ねております・・・。

体調を心配しておりましたが、予定していた、試写、名古屋・沖縄・都内の撮影を無事に乗り越えることができました。次の撮影は24日、29日・・・と続く予定です。

出発前に 「メイシネマ上映会 2015初秋」 のハガキが届いたので急いでアップして出かけました。上映日は明日22日です。どうぞ、ご予定のない方はお出かけください。
留守中にブログを訪問・nice!してくださった皆さま>ありがとうございました!

金沢ロケから無事に戻りしました!    [製作日誌]

予定した撮影を無事に終えて、金沢から戻りしました。
たくさんの方々にご協力いただき、望んでいた撮影ができましたことに感謝申し上げます。

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太鼓をデザインしたという金沢駅のモニュメント。
記念撮影する人続出のためか、三脚を立てることや自撮り棒使用の注意書きがありました。まぁ、ドキュメンタリーでモニュメントだけ撮っても仕方がないので撮影はせず。

今回の撮影は、東京都世田谷区にあるチャイルドデイケアの運営母体 「NPO法人ふわり」 の企画。気管切開や胃瘻をしているなど医療依存度の高いお子さんたちの存在をご存知でしょうか? 医療と福祉と教育の連携の必要性を訴え、実現させたいという企画です。

撮影対象のご家族は随分前から実家のある金沢に行っていて、私はお盆を終えてから移動したので、初日はホテルにお迎え頂いて撮影がスタートしました。
初日の撮影は、「どんな障碍のお子さんでも預かる!」 という方針の元、1974年にスタートした 「ひまわり教室」 の撮影でした。
個性的なお子さんが、それぞれのペースで過ごしていて、居心地の良い場所でした。

もう一つ撮影希望していたのは病院。産科もありNICU(新生児集中治療室)もある 「金沢医療センター」 です。
ギリギリで撮影許可を正式に頂くことができて撮影することができました。大きな組織になればなるほど、撮影をお願いして実現するまでのハードルが高くなります。撮影の意義を感じてくださってご協力いただいたお陰だと感謝しています。

撮影自体も疲れますが、戻るとあれこれ対応しなければならないメールなどがあり、疲れもピークに達しています。三脚と一緒に送った洗濯物が届いて只今洗濯中!
一休みしたら、サンフランシスコの報告を再開させたいと思っています。
留守中に nice! をしてくださった皆さん、ご訪問くださった皆さん、ありがとうございました!

明日は都内で撮影    [製作日誌]

明日は、自主製作の都内でのインタビュー撮影。
遠い遠い四国にいる台風の影響で、明け方から強い雨と風でした。
夕方には治まってきましたが、明日の天気を心配しながら撮影の準備を進めています。

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奥に写っているのが長年愛用している 「PD-170」。テープ方式で4対3で撮影しています。
手前が新しく購入した 「PXW-X70」
SDカード方式で、テレビと同じ少し横長の16対9でハイビジョン撮影をしています。
奥のカメラはバッテリーが装着されていないので小さく見えます。

同時進行で使うので混乱が少なく済むようにと、同じメーカーのカメラを購入したのですが、やはりいろいろ違いがあって、今日も準備をしながら、いちいち口に出して、その言葉を自分で聴いて確認しながら作業をしています。

写真では分かりにくいのですが、大きさは小さくなって、重さも軽くなって、体力のない私は助かっていますが、新しいカメラは寄るとピントが合いにくい感じで、撮りながら困惑することも・・・。
画角サイズの違いにも慣れていません。端に余計な物が写りこんでしまうことが多くて、それに戸惑ってカメラが揺れたりして[がく~(落胆した顔)] まだまだ学習ですとも言っておられないか・・・。撮影中に反省ばかりのこの頃です。

明日の撮影は、大ファンの 「メイシネマ」 の主催者である藤崎和喜さんのインタビュー撮影。
今まで、映写技師さんを中心に撮影を進めてきましたが、片方ではその時代時代の映画の見られ方にも関心が向いています。
長年ドキュメンタリー映画の上映を続けている藤崎さんが、いつもチラシン書いている “映画を見よう! みんなで映画会!” のお気持ちをお聞きしてきたいと思っています。
映画を見る楽しさと、見せる楽しさは、別の物でしょう。

若い人たちを中心に起こっている、手作りの小さな上映会のステキさ! それらは子供たちを対象とした映像製作のワークショップに発展したり、地元で製作された作品を地元のみんなで観る機会になったりしていくのではないか、そんなことを考えながら、今後、映画はどのように生き延びていくのかを考えています。

7月11日の撮影     [製作日誌]

自主製作ではなく、久しぶりの頼まれ仕事をしています。
9日から12日まで名古屋で撮影の予定を変更して、7月11日に撮影したのは 「全国医療的ケア児者支援協議会」 キックオフミーティングでした。

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画像は、健気に日々咲き変わる 「サフランモドキ」 です。

医療の進歩により、以前は助からなかった命が助かるようになり、管だらけの赤ちゃんと対面することになる親御さんたちがいらっしゃいます。
初めての子育ては緊張の連続。それが更に医療的なケアが必要で、わが手に抱くこともできず、次々に医療的な判断を迫られる親御さんたちがいらっしゃいます。
まだ、統計が取られたことがないので、実際の人数は分からないそうですが、確実に増え続けています。7月11日、私が撮影に伺った時にも、たくさんのお子さんとその親御さんが参加されていました。
当日の募集情報→http://www.florence.or.jp/news/2015/06/post1325.php

気管切開をし胃瘻をしている医療的ケアの必要なお子さんたちが、幼稚園や保育園に通おうと思っても、家族か看護師が付き添うことが求められるそうです。そして、それらの団体生活の体験がないと小学校へ入学することも難しいとか・・・。

医療と福祉と教育と、それぞれの省庁が縦割りになっていて、これから育っていく子供たちの前に立ちはだかっています。ささやかながら、それらの撮影に関わり、少しでもお役に立てれば・・・と思っています。

今日はいつもの 「水曜ヨーガ」 でした。
高齢になると段々足が曲がってきます。今日は膝の裏と股関節を伸ばそうと、「鷺のポーズ」 「V字バランス」 「開脚」 のアレンジ4種などを行いました。
「一人じゃ、こんなことしないものね」 「なんだか、伸びた気がする」 というお言葉を頂いて、冷房の効いた和室でのびのびヨーガをしてきました。感謝!

深谷でフィルム上映の撮影    [製作日誌]

「鈴木映画」 の鈴木文夫さんは、ホール上映 (映画館ではない) の映写をして60年近くになろうという方で、映画の歴史と共に仕事をしてされてきた方と言えると思います。
その鈴木文夫さんがフィルム上映をされるというので撮影させて頂きました。

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フィルム上映は 「ふっか祭」 というイベントの一つとして催されました。
今や、フィルム上映はフィルムを手に入れること自体が難しい! 上映された 「祇園祭」 は、京都でも祇園祭のシーズンにしか観ることができないという “幻” と言ってよい作品だそうで、167分の大作です。
出演は、中村錦之介、岩下志麻、田中邦衛、三船敏郎、渥美清、北大路欣也、高倉健、美空ひばり・・・となれば、映画ファンの方には堪りませんね。

前日の午後から仕込を始めるというので、会場に早めに着いて待ち伏せ(笑)
機材を積んだトラックでスタッフさん二人が到着。鈴木さんは奥様と一緒に電車で会場入りされ、到着と同時にきびきびとセッティングが始まりました。
会場となった 「深谷市民文化会館」 には、映写室も、スクリーンも、あるのですが、長い間使われていないい映写機でパワーも小さいこと、スクリーンも舞台の奥にあり小さいことから、まずは14mの大スクリーンを舞台の2メートルくらいの位置に作ることから作業開始。
黒幕で縁取りをし、大きくて見事なスクリーンが完成!

映写室は親子鑑賞室という会場2階の一番奥の部屋に設置しました。椅子の上を渡すように台を設置して、その上に映写機を2台置きます。重い映写機を二人で持ち、階段を上がります。
さすがに鈴木さんはノータッチでしたが、フィルムなど持てる物を運んで汗をかいておられました。3階の調音室にコードをつなぐなど、会場に併せて知恵で対応していきます。
今までのたくさんの実績が生きてきます。
鈴木さんは 「毎回、毎回、反省さ!」 と笑顔でおっしゃっていました。
良い映写を! 良い映写を! と工夫と努力を続けてきた鈴木さんのこの言葉!
今年、誕生日を迎えると79歳になられる鈴木さんのこの言葉! 尊敬! 感激!

今回の上映に 「深谷シネマ」 の竹石館長も関わっておられて、お手伝いに来ておられました。
仕込の撮影終了後、「深谷シネマ」 に久しぶりにお邪魔しました。蔵を改修して造られた 「深谷シネマ」 はとてもオシャレ!
単館の映画館がどんどん減っている中、新しく誕生した映画館があることが嬉しい!
なかなか、経営は大変のようですが、周りの蔵にもお店が出店したりして、酒蔵跡地がステキな空間に育っていっていることを実感しました。

高田世界館の撮影    [製作日誌]

明治44年に建てられた 「高田世界館」 は、日本最古の映画館だと思います。
映画館として続いていても、建物も当時のままというところはないでしょう。
それも、当時でいうならハイカラで贅沢な建物なのです。

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外壁は修繕されてきれいになっていますが、中に入るとヒビが目立つところもあります。
新しく建てるより手入れをし続けなければならないので、大金が掛かります。でも、お金の計算だけで壊してしまうには惜しい、天井も、2階のカーブも、洋風の柱も、美しい映画館です。

高田世界館の情報はこちら ↓
http://www.baba-law.jp/sekaikan/

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北陸新幹線開通を記念して、大林宣彦監督の講演とフィルム上映があるということで、長年使われている映写機もメンテナンスされていました。

3月12日に伺うと、『旅する映写機』 に登場される大ベテランの加藤元治さんと映写機修理の継承者・永吉洋介さんが、上映に間に合うように調整をしていました。

120 映写機修理.jpg

2台ともランプハウスが新しくなりました。
作業中に天井裏にある排気管のファンが壊れていることが分かり、排気管を撤去して、直接、室内に排気する方式に変更したそうです。
太い排気管のない映写機を、私は初めて見ました。
もちろん、高熱の出る部分なので、いろいろな工夫をされたことと思います。
レンズも交換し、マスクの調整など、ずっと、二人で作業をしておられました。

今回のロケの目的は、大ベテランの映写技師・久保田定さんが、若き支配人の上野迪音さんに映写技術を伝授するところを撮るというものでした。
撮影のチャンスがあったら・・・と連絡していたのですが、久しぶりにフィルム上映があるという連絡を頂き出かけました。

3月14日は、大林監督の講演に併せて 『転校生』 が上映されました。
1回しか上映しないので、いわゆる “玉掛け映写” でした。
フィルムをつなぐことをせずに、届いたままの玉の状態で、2台の映写機で交互に映写します。
前日に久保田さんと上野さんのやり取りは撮影できたので、今日は久保田さんの貴重な “玉掛け映写” を記録しようと思っていたのですが、なんと、映写が始まると同時位に映写機のベルトが切れてしまいました。
溢れるフィルムを手早く下のリールに巻き取ったものの、そのまま、手動で巻き続けなければならず、ひとまず私がその役を担当。撮影どころではありません。久保田さんは切れたベルトの修理に取り掛かりました。
上野さんは、もう1台の映写機の切り替えなどの作業をしなければなりません。フィルムの捲きが大きくなればなるほど重くなるので、もう一人助っ人を頼むことになり・・・と、映写室は大変なことになっていました。

切れたベルトは使い物にならず、他で使っていたベルトを同じ長さに切り、錐で穴を開け、そこに金具を通して、止まっている間に (隣の映写機の回っている時間は12・3分) 修理をするという大緊張の時間!
それを何とか乗り越えて、ほっとしたら、なんと1巻だけ “裏捲き” だったのです。慌てて対処するという、撮影チャンスに恵まれたというのか、どう表現して良いのか分かりませんが、フィルムを架け替える間、館内は真っ暗になり、昔の映画館上映の再現のようになりました。
見事な “玉掛け映写” を記録するはずが、思いがけない記録を撮ってしまいました。
それにしても、最後まで映写できたのですから “映画の神様” がおられたのだと思います。

今日は朝から晴天で、気温もぐっと上がりました。
布団を干し、シーツや布団カバー・枕カバーを一気に洗濯して、ベランダはすごいにぎわいに[わーい(嬉しい顔)]
[晴れ]は有難い!

今日は資料撮影      [製作日誌]

昨日はいつものヨーガの日だったので、皆さんと一緒にヨーガ。
お喋りもして、元気を頂いて、とんぼ返りをしました。

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今日はお借りしてきた資料の撮影。
サイズごとに三脚などの設定を変えなければならないので大変! 曲がっていないか、影が出ていないか、など等、注意することも多くて集中力が必要です。
その上、液晶画面で見た時、ファインダーから見た時、パソコンに取り込んだ時など等、視差が生じるので思い通りのアングルで写るようにあれこれ考え微調整をして撮影。
なかなかうまくいかない、私には荷が重い資料撮影ですが、がんばりました。
41分テープ1本を撮り終えたら、夕方になってしまったので終了!
先日、形見に頂いた照明が役に立ちました。感謝!

インタビュー撮影の時に必要と思ったアルバムをすべてお借りしてきたつもりでしたが、1冊足りないような・・・。編集の段階で必要だったら、改めてお借りしたいと思っています。
実際にはまだぼんやりとしか考えはまとまっていないのですが、なんとなく終着点が見え始めています。来月は、再度 「高田世界館」 を撮影。あと2か所撮影を検討しています。

明日は浅草でヨーガの勉強会。元気を頂いてきたいと思っています。

2日間続けての撮影    [製作日誌]

小さな港町で90年以上続いている映画館 「大黒座」 を核にして製作した作品が 『小さな町の小さな映画館』 
その撮影中にお聞きした話をきっかけに撮影をスタートさせた 『旅する映写機』
今回は 『旅する映写機』 を観に来てくださった映写技師さんのお話がきっかけです。

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23日にインタビュー撮影をさせて頂いたのは、長年移動映写をされてきた鈴木文夫さん。映写技師として初めて芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した大御所。
これまでもたくさんの取材を受けておられ、いろいろなメディアで取り上げられてきた方。
余計なことを考えずに、順を追ってお話をお聞きしようとご自宅へ伺いました。

鈴木さんの映画との関わりは父の代から始まります。叔父さんが映写機メーカー 「オールキネマ社」 を経営していて、父親がそこで働くことになり、自宅から近かった 「オールキネマ社」 の試写室で幼い頃から映画を観たのが始まりです。

叔父や父親が映写機製作に関わっていたのは戦前の話。どんどん会社が大きくなり、故郷からたくさんの人を採用して、オリジナルの映写機を開発したりしていたそうです。
戦争中は戦意高揚のための上映や、中国などでの慰問上映などもあったとのこと。鈴木さんのお話はそのまま日本の映画史であり、時代によって映画がどういう役割を果たしていったのかが分かる貴重なものでした。
映画が誕生して120年、その120年の中の60年くらいを映写技師として関わってきたことになります。そして、大変革期の今、映画を観た後に語り合う時間の楽しさ豊かさに触れてくださり、作品の方向が見えたように感じました。

24日は、著書 「映画館のまわし者」 で劇場での映写に関して、その熱い思いを著わしておられる荒島晃宏さんのフィルム上映を撮影させていただきました。
1月にインタビュー撮影をさせて頂いています。小さなハプニングが起こり、ちょっと慌てた様子の荒島さんも撮れました。実際に慌てたように写っているかはまた別の問題!
「いつもと音が違うなぁ~と思っていたのですよ」 とのこと。
「いやぁ~、映写は本当に一期一会。二度と同じ映写はありません」 という名言も記録。
映画の神様が応援してくれているのかなと思う2日間の撮影でした。

鈴木文夫さんは78歳。会社は息子さんが継いでいて、この頃は上映することもないとのことでしたが、次回は鈴木さんの映写か、機材の点検などをしているところを撮影させて頂きたいと思っています。

教会に映写室があった!    [製作日誌]

『旅する映写機』 の上映に 「昔、映写技師をしていました」 とおっしゃってわざわざ出かけてくださった方がおられたことをきっかけに映写技師さんのインタビュー撮影を少しずつしています。
そういう中で、偶然知った教会の映写機! 
想像もしていなかったことなので興味津々で撮影に伺いました。

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昭和3年に建設された 「本郷中央教会」 です。
礼拝堂が2階。スクリーンや幕、照明用フットライトの跡も残っていました。
映写室は3階にありました。
映写機は戦争中に供出されてなくなってしまっています。
と言っても、当時のことをご存知の方はもうおられないので、古い資料から事実を探し当てるか、その先は想像しかないのが現実です。

明治23年に建設された前の教会は 「中央会堂」 と呼ばれていたそうです。
当時、たくさん人の集まれる場所はなく礼拝堂でいろいろな集まりがあったようです。
今日、伺ったお話では 「日本映画が一番最初に上映された場所でもある」 そうです。
歌舞伎座が一番最初とされていたのを、研究者の方が当時の新聞を調べていて、少し前に同じ作品 (芸者さんが手踊りをしているもの) を 「中央会堂」 で上映した事実を見つけ、一番最初に日本映画を上映した場所となったそうです。

当時は無声映画なのでオルガンの生伴奏付きで上映をしていたそうです。
無声映画といえば弁士に楽隊を思い浮かべると思いますが、映画が誕生して40年ほどは音楽の生伴奏と共に上映されていたそうです。
当時使われていたオルガンも残っていて演奏もしてくださったので撮影してきました。
そして、屋上の倉庫のような場所に小さな映写機 (高密工業製) が残っていて感動の対面をしてきました。自宅に戻って調べてみると、「ローヤル ベビー」 という昭和初期に製造された35ミリの手回し映写機だったことが分かりました。感動!

教会でのオルガン演奏付き映画上映は独特の雰囲気があったに違いありません。
布教のために一役買ったのか? 
戦前の日本で、そのような形で映画が観られていたなんて! と心がザワザワする撮影でした。

仕事始め    [製作日誌]

日曜日の今日までがお正月休みという方が多いのではないかと思います。
中には9連休でたっぷり休養できた方もおられるでしょうし、お正月はずっおと仕事だったという方もおられるでしょう。

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山形に住む従姉の子が送ってくれたリンゴの詰め合わせの中に、七福神がプリントられたリンゴが入っていました。父が末っ子だったため従姉より従姉の子の方が私の年齢に近い!
食用のインクを使用しているそうですが、皮を剥くのも、かぶりつくのもちょっと・・・。
七福神さんたちは、お正月は大忙しだったと言っていいのかなぁ?

2日に、息子に教えて貰いながらパソコンの作業をしたのが仕事始めのようなものですが、今日はしっかり外出しての仕事。撮影依頼書提出に出掛けました。

昨年の12月5日に出掛けた 「本郷中央教会」 で催された 「聖なる夜の上映会」 に参加して 「本郷中央教会」 に映写室があったことを知って、俄然、興味が湧きました。
教会に映写機が設置されていたなんて!
しかも、日本映画が最初に上映された場所だなんて! 
という訳で、撮影のお願いに伺いました。
無事に許可が出て撮影できることを願っています。

「聖なる夜の上映会」 で無声映画の生伴奏でピアノを披露してくださった柳下美恵さんが繋げてくださったことにも感謝申し上げます。
「聖なる夜の上映会」 に関してのブログはこちら↓
http://harunoumi.blog.so-net.ne.jp/2014-12-06

年越しをする中で、撮影途中の状況を整理して、漠然としていた事柄が少し整理され、今後何を撮るのか、整理できたと感じています。後は、お願いの連絡をすることから始まります。
テープの整理も資料撮影もできていないけれど[もうやだ~(悲しい顔)]

今日、「本郷中央教会」 の長老の方に少しお話を伺って、ヒントになったこともありました。少しずつですが、撮影を進めていこうと思っています。
皆さんも、いよいよ、明日から仕事始めでしょうか?

「やってまおか計画」の撮影    [製作日誌]

映画が華やかだった頃を知っておられる映写技師さんのインタビュー撮影から始まった次回作ですが、志賀郷では 「やってまおか計画」 という “みんなで家を作ろう!” というワークショップの撮影をしました。
いつものことながら芋づる式の撮影です。

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いつもより早く降った雪がたっぷり残っていた志賀郷。
とっても寒かった!
晴れの日が続いて、だんだん雪が解けていきました。

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「やってまおか計画」 は月に1回。
土曜日半日と日曜日1日が基本で開催されています。
日曜日の夕食は持ち回りで作って大宴会! 私もお仲間に入れていただきました。

詳しくは 「やってまおか計画」 のサイトをご覧ください ↓
http://yatemao.jimdo.com/

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12月は11月に続いて荒壁作り。
まずは土練り! 
ちょっと楽しそうに見えますが、土の固さ (水の量) や藁の量など難しいことだらけ!

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11月は外から組んだ竹から土が飛び出さないように優しく塗ったそうです。
中央が指導してくださった左官の亀井敏樹さん。
荒壁作りの先生です。

「実際にやってみた方が分かる」 と亀井さん。
前回と違って、しっかり力を入れて隙間を埋めるようにしなければならないそうです。

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“きんちゃん” こと大工の金田さんも土壁塗りに挑戦。
お父さんのやり方をしっかり観察する長男の目は真剣そのもの。

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Iターンなどで新しく志賀郷にやってきた人が中心に参加しています。
土曜日は農機具の研ぎ方なども教えてもらって挑戦していました。

過疎に悩んでいるのはこの志賀郷でも同じです。
でも、 子供と古民家を結ぶという 「コ宝ネット」 という活動があって、小学生以下のお子さんがいる家庭やこれから子供がほしいと思っている若い夫婦に空家の古民家に住んでもらおうという活動があります。
子供、古民家、コミュニティ、3つの “コ” 宝ネットなのです。

この日もたくさんの子供たちが元気に参加していました。
男の子たちは途中からナイフ研ぎをする子が多く、その集中力は素晴らしいものでした。

「タガヤシシネマ」 を主催していた城間典子さんが、「志賀郷で上映会をしたい!」 と思ったのは、この暮らし方に魅力を感じたからだと思ったので、再訪して撮影をしました。
前回撮れたのは上映会の様子とインタビューだけ。
私自身も志賀郷の良さを実感できてよかったと思っています。

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翌日の荒壁塗りの終わった小屋に夕日が当たって輝いて見えました。
よく見ると、新しく塗った内側の土の水分が表側にしみこんで四角い模様ができていました。
月に1回のワークショップを重ねていって、味噌や醤油を仕込む作業場が完成するそうです。

なんとか、年賀状が完成して午前中に投函できました[わーい(嬉しい顔)]
上映会でお世話になった方、撮影でお世話になった方、たくさんの方にお礼を伝えたくて、途中で年賀状が足りなくなって買いに行ったりもしました。
まずは年賀状クリア[exclamation]

2年ぶりの「本宮映画劇場」の撮影    [製作日誌]

再び伺いたいと思いつつ、なかなか実現できなかった福島県本宮市にある 「本宮映画劇場」 に行ってきました。
『旅する映写機』 撮影中は 「98」 だった数字が 「100」 になっていました。

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大正3年創建の木造の 「本宮映画劇場」 は今年で100周年を迎えます。
当時の歌舞伎座を模して造られた堂々たる外観。

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3階の窓の 「100」 にも感激しましたが、その下に 「旅する映写機ロケ地」 という手作りの大看板が掛けられていたのには感激してしまいました。
前回の台風で飛ばされ壊れてしまったそうですが、私が伺うとのことで再度作り直して掛けてくださったそうです。
館主の田村修司さんは 「通りからも目立つでしょ!」 とにっこり。

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現役で動いているカーボン映写機!

私の伺った2014年10月26日は、本宮のお祭りとも重なり、見学の方がたくさんいらしていました。本宮出身の方が大学時代の友人を誘って大挙して訪ねてきたり、劇場の調査研究をしている建築科の学生さんが訪ねてきたり・・・。
「せっかくだから、映写するから観ていって!」 と田村さんは映写室を案内し、映写も!
場内にブザーが鳴り響くと拍手が起こっていました。

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映写後、フィルムの巻き戻しをしながら、見学に来た方々に映写機のことやフィルムのことなどを説明する館主の田村さん。
映写機の手入れやフィルムをつなぎ始めると、楽しくて楽しくて止められなくなるのだそうです。
古いフィルムは波打ってしまったり、パーフォレーションがところどころ破けていたり、それらを手当てしながら、古い予告編を特別バージョンにつないで映写しています。
関心を持って訪ねてくださる方がおられると、数日前から準備をするそうで、それが楽しみだそうです。田村さんは数日前に誕生日を迎えられ78歳になられました。
「健康に気を付けて、まだまだ劇場を守るんだ」 と力強くおっしゃっていました。

103年の歴史を刻む映画館「高田世界館」の撮影    [製作日誌]

9月5・6・7日と新潟県上越市にある 「高田世界館」 の撮影に行ってきました。
明治44年に建てられた建物が奇跡的にも残り、今はNPO法人 「街なか映画館再生委員会」 が管理運営をしています。
明治時代に日本で一番人口が多かったのは新潟県。その栄華を感じさせる豪華な建物でした。

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軽井沢~上田と強い雨が降っていたのですが、幸運にも高田駅に着くと雨があがってくれました。
晴れ女の面目躍如! (もちろん出発の大宮は[晴れ]
雨上がりの 「高田世界館」 です。
『シグナル』 という映画のロケに使われた時の 「GINEIKAN」 の文字が残されたままでした。

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雪の多いこの地域独特の 「雁木(がんぎ)」 が、通りから映画館の入口まで続いています。
脇にはボランティアの方々が植えた花が咲いていました。

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現在使われているチケット売り場。
左奥に見えるのが 『シグナル~月曜日のルカ』 のポスター。
ロケ地巡りで訪ねてくる人も増えてきたそうです。
上映をしていない時は館内を自由に見学することができます。

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2階席もあるので、両脇に階段があります。
文化庁の 「登録有形文化財」 になっていますし、平成21年には経済産業省から 「近代化産業遺産」 に認定されています。 

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暗い中、2階からスクリーンを撮影。
私は照明を持っていないので明るさが不安になって、窓口になってくださったNPO法人の企画・運営担当の井上迪音さんに声を掛けると2階の窓を開けてくださり、ほっとしました。
元々 「高田座」 という芝居小屋からスタートしたので、この窓があるのだと思います。
窓明かりで、天井の 「源氏車」 のモチーフが浮かび上がる・・・。
かつてはシャンデリアが下がっていたのではないかと思われる風格ある天井!

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映写機は名機と言われている 「フジセントラルF-3」1954年製 と 「フジセントラルF-5」1955年製。1年製造年がずれているけれど新しい映写機が設置されたと思うと、映写技師の久保田定さんはおっしゃっておられました。
いつものことですが、撮影に集中してしまい一番肝心な映写室と映写機のスチール写真を撮り忘れてしまいました。長年使い込まれた映写室と映写機をお見せできずすみません!

2007年の中越沖地震の後、雨漏りが始まった時に屋根の修理の見積もりをしたところ500万円掛かるとわかり、壊すにも同じように500万円掛かると分かり、途方に暮れてしまった元持ち主の熊谷栄美子さん。色々な出会いと知恵が重なって、「高田世界館」 は息を吹き返しています。

この頃は雪が少なくなったうえ、雪対策が充実してきたのでこの地域独特の 「雁木」 の必要性はなくなったそうですが、ずっと 「雁木」 が残っている街らしい、ゆっくりと、でも静かに蘇っている 「高田世界館」 はとてもステキな映画館でした。
そして、いろいろな形で関わっている皆さんの関わり方もステキだなぁ~と感じた撮影でした。
撮影にご協力くださった方はもちろんのこと、高田の皆さまに感謝!

上映に向けての荷造り    [製作日誌]

今年で20周年を迎える松山の 「シネマルナティック」 と京都造形大学の学生さんが企画してくださった上映会で 『旅する映写機』 の上映が決まったので (学生さんの企画では『小さな町の小さな映画館』も上映) 今日は諸々の発送作業!

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映画を作るのも大変だけれど、観ていただくのも大変!
チャンスを頂くことは本当に有難いことです。
撮影させてくださった皆さんにも観ていただくことがお礼になると思っているのですが、なかなか、これが難しいのです。

シネマルナティックの上映は 9月27日(土)~10月3日(金)
学生さんたちの企画 「志賀郷タガヤシシネマ」 では
『小さな町の小さな映画館』 の上映が 9月14日(日)~20日(土)
『旅する映写機』 の上映が 10月12日(日)~18日(金)

発送などの事務仕事も一人でしているので、撮影や他の事と重なると大変です。
この頃は年のせいもあると思うのですが、忘れ物、捜し物の多いこと! 多いこと[ふらふら]
そして、整理整頓好きの私は、決まった場所にないと何処を捜してよいのか途方に暮れてしまう、捜し物苦手タイプなのです[もうやだ~(悲しい顔)]
この頃は、発送作業をする時に以前のように一気に行わず、準備を少しずつ進めて最後にもう一度チェックをして送るようにしています。

広島の土砂崩れのニュースを見るたびに、その被害の大きさに心が痛みます。
以前、名古屋の友人が床上浸水の被害にあった時に、泥水を出して雑巾掛けをして・・・と、具体的な様子を聞いて、その大変さには想像できないことが多々ありました。家は無事でも泥水の被害にあった家はたくさんあると思います。
埼玉は雨も降らず、庭はカラカラなのに・・・。

「元町映画館」の撮影    [製作日誌]

神戸元町商店街にある 「元町映画館」 へ撮影に出かけていました。
デジタル化をしても35ミリの映写機を2台残している映画館。
若いスタッフが企画した 「モトマチセレクション Vol.28」 は全作品フィルム上映です!

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前回 『旅する映写機』 の上映をしていただいた時にお尋ねした時、「フィルム上映の企画を考えています」 と伺ったので、決まった時はご連絡くださいとお願いしてありました。

私くらいの年齢の方は、「これ、観た! 観た!」 と言いたくなる方も多いのではないでしょうか?
私が観たのは何年? あれはリバイバル上映だった? という方もおられるでしょう。
「元町映画館」 で映写機を扱えるスタッフは3人。
「これを機会に若いスタッフにも映写機を回せるようになってほしい」 と、林未来支配人はおっしゃっていましたが、お客さんがたくさん来て、その対応に追われてそういう時間がなさそうな感じでした。まさに嬉しい悲鳴ですね。

初日最初の作品 「女は女である」 はほぼ満席!
2作品目の 「8 1/2」 は立ち見が出ておりました。
企画したスタッフの方は感激一入!

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上の画像をクリックすると大きくなります! 若いスタッフさんたちのコメントを読んでください。
今回上映されたフィルムはニュープリントなので傷なしの美しいもの。

前回の 「川喜多映画記念館」 での撮影で、映写機の部品がなくなっても図面さえあれば町工場の職人さんが作ってくれるという心強いコメントを聞いたばかりの私は、フィルム上映にたくさんの方が押し寄せるところを撮影できて、本当に良かった! と思っています。
単純に喜ぶだけではすまない分部もあると思うのですが、多くの人たちのフィルムへの愛を感じた撮影になりました。
「元町映画館」 の皆さま>お世話になりました!

元町映画館のサイトはこちら → http://www.motoei.com/