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蝋梅が満開へ    [庭の植物たち]

広島の旅の報告をしているうちに、家の北側の日当たりの悪い場所に植えられている「蝋梅」が満開を迎えようとしています。
例年より1ヶ月近く早い感じです。

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今年はたくさんの蕾を付けて、たくさん咲きました。
家の南側に植えられている「蝋梅」は蕾を付けたものの、花が咲かないうちに蕾が落ちてしまいました。お隣が建て替えをしてから給湯器の熱風が直撃するようになってしまったのです[もうやだ~(悲しい顔)]

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北側の「蝋梅」はたくさん花が咲いたので、良い香りがしています。

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南側と北側、2本の「蝋梅」は種類が異なるらしく、少し花びらの形が違うのですが、今年はそれを検証することもできません。

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「蝋梅」の花は目立たないけれど、香りで存在に気付かされます。
通り掛かった方の何人かは「蝋梅」の花に気付いて、深呼吸をしてくださっていると思います。

BSのアンテナが不調らしく、年が改まってから映像が乱れるようになってしまいました。だましだまし見たり、設定を確認したりしましたが、どうも、受信状態がうまくいっていないようです。
アンテナが動いたのか、どこかの接続が不良なのか、専門家に見てもらうしかないかな・・・と思っています。修理を頼もうと思って、両親がお世話になっていた親切な電気屋さんが閉店してしまって、困ったなぁ~と思っています。
駅の近くは量販店や大型店ばかりになって、便利なのに不便になったと感じています。

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お土産はクモマグサ    [私の旅物語]

今回の広島旅行のお土産は「クモマグサ」です。
もう植物は増やさない! と言い聞かせているのに、キャベツを買うために寄った「道の駅」でついつい見つけてしまいました!

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300円で売られていた「クモマグサ」です。
「雲間草」と書きます。
「クモマソウ」と呼ぶ人もいます。

元々の原種は夏に花が咲くそうで、高い山に咲くことから「雲間草」と名付けられたそうです。
私が今回購入したのもは品種改良された「西洋雲間草」もしくは「洋種雲間草」です。原種と違って春に咲きます。
瀬戸内は暖かいので満開状態で売られていました。

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家に連れ帰って、早速一回り大きな鉢に植え替えましたが、しっかり根が張って土が固くなっていました。ちょっと解くようにして植え替えて様子を見ています。
今朝は今年3回目のホースが凍るほどの寒さでしたが元気な様子です。

ということで、今は白い「クリスマスローズ」と白い「クモマグサ」とペールオレンジの「キルタンサス」が玄関脇て咲いています。
広島の旅の報告を終えて、庭の植物の紹介に戻りたいと思っています。

今日はいつもの「ゆるりヨーガ」の日だったのですが、インフルエンザに罹った人や風邪の人などお休みの方が多くて残念でした。
いつもより人数が少なかったので両手を広げてバランスを取る「白鳥のポーズ」をして伸び伸びと手足を伸ばしたバランスをしました。関東はカラカラに乾燥しています。

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大久野島には廃墟もあった!    [私の旅物語]

「うさぎ島」として観光客が訪れている「大久野島」は、とても小さな島で民家は見当たらず、施設の従業員の方が通っているという印象でした。

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毒ガス資料館です。
大きな施設は二つしかありませんと昨日のブログに書きましたが、その施設の間に「大久野島毒ガス資料館」がありました。
この島では太平洋戦争で使用するための毒ガスが陸軍によって密造されていたのだそうです。

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資料館の横に展示されていた陶磁器製毒ガス製造器具。
予想外のことでただただビックリしました。

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フェリー乗り場近くには廃墟もありました

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毒ガス製造のために電力が必要だったのです。

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すっかり廃墟となっている発電施設。

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横の小さな箱型の建物は何に使われていたのでしょうか?

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廃墟の近くにもうさぎたちがいました。
戦後の歴史を残す廃墟の近くを自由に動き回るうさぎが印象的でした。

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のどかな瀬戸内の小さな島で密かに作られていた毒ガス。
毒ガスの資料などは戦後すぐに陸軍によって海中に投棄され、その後進駐軍が島全体を接収し無毒化したそうですが、訪れる人たちの多くは可愛いうさぎと過ごすだけで島の旅を終えるのではないかと想像しました。
原爆ドームでも毒ガス資料館でも関心を持たれている海外の方を見かけました。
知らないことがまだまだあることを自覚しなければならないと感じました。

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うさぎ島へ    [私の旅物語]

2泊3日の旅もあっという間です。最後の日、瀬戸内のどこへ行こうかということになって、うさぎのたくさん居る島「大久野島(おおくのしま)」へ。
通称「うさぎ島」へは戻るようなコースになります。

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呉線を走る電車。
「うさぎ島」へは「忠海駅」の近くの「忠海港(ただのうみこう)」からフェリーに乗りました。
フェリーの時間を調べて、途中の道の駅に寄ってエサのキャベツを買いました。

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フェリーに乗っている時間は15分くらい。あっという間に到着しました。

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到着すると、あちこちにうさぎが居ました。
うさぎが掘った穴もたくさんあって、日向で居眠りをしているうさぎも居ました。

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さっそく、キャベツを小さくしてうさぎにあげると、どんどんうさぎが寄ってきます。

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キャベツの取り合いです。
横取りしてしまううさぎが居たりして、キャベツを上げるのに夢中になっていました。

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島で唯一の宿泊施設「休暇村大久野島」
温泉もあって、キャンプ場も近くにありました。

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こちらは「大久野島ジビターセンター」です。
小さな島にある大きな施設はこの二つだけ。

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中はこのような感じになっていて、ちょっとした展示がありました。
真夏などは日差しをよけるために利用される方も多いかもしれません。

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「ジビターセンター」の前にあった楽しいオブジェ? 
今流行のインスタ映えスポット? 

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実はこれはヘッドフォンになっているのです。
身長に合わせて耳を当てるようになっていました。

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どんな音が聞こえるのか、試してみたくなりますね。

今は「うさぎ島」として親しまれ、海外からの観光客も訪れる「大久野島」ですが、別の表情も持っている島でした。
訪れるまで知らなかったのでビックリしました。その報告は明日したいと思います。

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景勝館漣亭の食事    [私の旅物語]

鞆の浦で泊まった「景勝館漣亭」の食事がとても美味しかったのでご紹介します。
食べ物の好みは人それぞれだと思うので普段はあまり紹介しないのですが、今回はとても丁寧に作られていて感服しました。

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3人前の前菜です。
手前は黒豆豆腐、飯蛸の旨煮。食前酒は「柚子の恵み」でした。

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籠の中の前菜。
手前から反時計回りに、姫くわいの唐揚げ、干柿鳴戸巻(白いのはバター)、河豚の煮こごり、姫サザエ香草バター焼き。

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お刺身は季節の4種盛り合わせ。
料理長の中元勝義さん一押しの甘露醤油でいただきました。

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特製の漁師鍋。
このまま出しの中に投入していただきました。

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取れたて魚のチョイス料理はいろいろ試したくて、三人三様で煮物、揚げ物、塩焼と3種類の料理法と3種の魚を選びました。

蒸し物は、例のごとく撮り忘れました[わーい(嬉しい顔)]
お餅の入った茶碗蒸しで「かちん蒸し」と言うそうです。
かちんはお餅のこと。お料理の説明もとても楽しく詳しい説明でした。

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白子豆腐と柿のなます。

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食事は「お茶漬け色々」でしたが、もう食べきれなくなってギブアップ。
ご飯はお任せして、地酒を飲みながらゆっくり料理を味わいました。

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デザートはカボスゼリーとメロン。

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翌日の朝食です。朝から充実した朝食でした。
お漬物も手作りのようでゆずの香りのする大根のお漬物で口の中がサッパリしました。
アメリカで料理人をしている息子は「大変勉強になった」と感心していました。

景勝館漣亭の公式サイトはこちら→ http://www.keishokan.com/
温泉も海を眺めながら入れてお薦めです。
料理の写真はスマホカメラで撮ったので割り引いて見てください。


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鞆の浦へ    [私の旅物語]

広島と言ったら「広島焼き」ということで、お昼は「広島焼き」を食べました。
関東の「お好み焼き」はヘラでちょっと潰すようにジュウージュウー焼きますが、そんなことを大阪でしたら「叩いたらアカンで~!」とすぐに言われてしまいます[わーい(嬉しい顔)](経験済み)

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食べたのは「長田屋」さんというお店。
「お好み焼き」のお店が隣同士並んでいたりするのですからビックリ! 
そして、どこに入って良いのか迷ってしまいましたが、勘を信じて入店しました。

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お薦めの色々入っている「長田スペシャル」を頼んで、エビの苦手な人が居たので「肉玉」と「肉玉」+「イカ」を頼みました。
料理人をしている息子は「作り方を覚えて作ってね!」というミッションを受けて、カウンターが良く見える場所にスタンバイしました。
外国からのお客さんも多いお店で英語を話せる店員さんも居ました。

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あとはひたすら「鞆の浦」を目指しました。
「シネマ尾道」の撮影に出掛けた時に「鞆の浦」に寄り道をして、とてもよい港町だったので、家族で訪ねたいと思いました。
横に広い広島を横切るような移動になりました。

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「鞆の浦」の「弁天島」です。
『崖の上のポニョ』の構想を宮崎駿監督が長期滞在して練ったと言われているのが「鞆の浦」です。

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山を越えて到着する頃には夕暮れ近くになっていました。
変化する空と海が美しかった!

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泊まったのは「鞆の浦」を一望できる「景勝館漣亭」
地図の一番上にあります。
とても美味しいお料理を堪能しました。お料理に関しては改めてご報告します。
港町特有の細いくねくねした道なので徒歩や自転車で回るとよいと思います。

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翌朝、朝焼けを眺めた後、温泉に入るという贅沢をしました。

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朝は曇り空で少し雨もぱらつきました。
天気予報は晴れだし、私は“晴れ女”だからなんて思いながら朝食を食べました。

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広電で広島へ    [私の旅物語]

初日に泊まったのは「宮島」
息子のリクエストの一つだった「宮島」なら、孫の喜びそうな鹿もいるし、水族館もあるし(実際には行かなかった)と考えました。

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宿泊先から「大鳥居」が真横でしたが見ることができました。
中央辺りに小さく写っているのが分かるでしょうか?
バタバタしていたので、ゆっくりと夕日が沈む様子を眺めらることができて良かった!

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「千畳閣」から見えたフェリー。
フェリーに乗っている時間は10分程で、あっという間に着いてしまいます。

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前日に「宮島観光」を済ませていたので、ゆっくり出発し広島市内を目指しました。
フェリーに乗って宮島口へ戻りました。

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急ぐ旅ではないからと、「広島駅」まで30分ほどで着くJRではなく、1時間位かかる「広島電鉄」に乗ることにしました。

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「広電」には車掌さんが乗っています!
懐かしい鞄も見ました。

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運転席まで行って1枚だけ写真を撮りました。
「宮島口」からしばらくはJRと並行して走っています。

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途中から路面電車になります。
中心街を走り、右手に「原爆ドーム」が見えました。
「広島駅」近くでレンタカーを借りて、最初に「平和公園」へ行くことにしました。

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青い空を背にした「原爆ドーム」
当時はさぞかし立派な建物だったことでしょう。

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身近に被害にあった方をご存知の方は今でも近くへ行けないと聞きます。
式典の日もひっそりと自宅で平和を祈るとお聞きしました。
想像できないほどの悲惨なでき事が起こったことを心に留めて手を合わせ、平和を祈りました。

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修学旅行生が平和学習の発表をしていました。
この日のことが記憶として深く残りますように!

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みんなで折った「千羽鶴」を代表で納めていました。
大役を果たした生徒の方にとって忘れられない記憶になることでしょう。

私は修学旅行で広島を訪れたことはなく、以前訪ねた時は友人たち8人と一緒でした。同世代の女性8人で「広島平和記念資料館」もゆっくりと見ました。もう少し孫が大きくなったら再び訪れてほしいと願いました。

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畳857枚分の広さ!    [私の旅物語]

五重塔を目指して階段を登ると左側に大きな建物が見えました。
登り切ると建物の土台部分、日本建築独特の石の上の太い柱が見えました。
なかなかの迫力です。

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100円の「昇殿券」で上がってみました。
1587年に豊臣秀吉が「大経堂」として建設に着手したものの、秀吉の急死により工事は中止。
壁が作られることはなく、中を小鳥が飛ぶこともあるそうです。

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太い太い梁も風にさらされ、でも心地よい風が吹き抜けています。

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床の傷んだ部分を補修している跡がところどころにあり、それを発見するもの楽しかった。

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太い梁には色々な絵馬が掛けられていました。
どのような絵だったのか、分からなくなっている絵馬もあれば、なにやら文字の書かれているものもありました。

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新しく絵馬を奉納される方もおられるのですね。
432年前に着手された建物が残っていて、その建物に絵馬を奉納する人が居て、それを眺めている自分が居ると思うと、なんとも不思議な感じがしました。

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一人、静に読書をしている青年が居ました。
彼の心の中にはどのような風が吹いているのでしょうか?

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青年の坐っていたところから「厳島神社」を見渡すことができました。

昨日はヨーガの指導の後、急いで成田空港に移動し息子家族の出国を見送りました。取得したばかりの就労ビザが手打ち入力だったそうでチェックインに時間が掛かり、そのままゲートへ。
行きは節約して日暮里から特急に乗りましたが、帰りは疲れてリムジンバスで帰宅。

疲れの一番の理由はヨーガの会場から移動中の自転車で、スマホを見て自転車を運転していた若い女性と接触事故になったからです。
怪しい運転を感じたので、若い人なら咄嗟の時に左側に寄るだろうと左にハンドルを切ったのですが、直進して来て、ハンドルを握っていた右の人差し指の皮が剥けて、右膝を軽く打撲。
「すみません! 気が緩んでスマホを見ていました」と、盛んに女性はあやまっていました。お互いに大した怪我をしなくてよかったけれど、転んでいたら骨折とか頭部打撲の可能性もあったのですから、自転車でスマホは絶対にダメです。

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海に浮かぶ大鳥居    [私の旅物語]

一時帰国中の息子家族と一緒に広島旅行へ出かけたのは16日でした。
ギリギリまで編集作業をして、上映の判断は東京都の担当部署に任せての出発でした。
旅行をキャンセルしても解決しないので予定通り出掛けることにしました。

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目指す「宮島」までは延々新幹線の旅でした。
「富士山が見えるよ~!」と言っても、富士山よりもゲームをする許可の方が気になる孫。
時間制限されつつゲームをしていました。

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海に浮かぶ大鳥居が有名な「宮島」へは「広島駅」から「宮島口駅」までJRで移動。
「宮島口駅」まで乗車券を購入していました。
往復切符を買ってフェリーで「宮島」へ。

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平安時代の屋殿作り様式の「厳島神社」です。
第1日目は「宮島」に泊まるので荷物を預けて「厳島神社」を目指しました。
もう少し潮が満ちてきたら、海に浮かんでいるように見えることでしょう。

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今は歩くことはできない「太鼓橋」
ここも潮が満ちたら海に浮かんでいるようになるのですね。

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海を背にした「能舞台」
奥に「大鳥居」も写っています。

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「能舞台」の奥に見える「五重塔」
応永14年(1407年)に建てられたものと伝えられているそうです。
612年前に建てられたとはビックリ[目]

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もちろん、五重塔を目指しました。
左側に写っているのが「豊国神社」。通称「千畳閣」です。

「五重塔」を目指す前に「大願寺(だいがんじ)」もお参りしました。
大政奉還の前年(1866年)の第二次長州戦争の時に、勝海舟と木戸孝充(桂小五郎)が会談したお寺だそうで、ここでもビックリ[目]

JR「宮島口駅」から徒歩5分で「宮島口桟橋」へ。
フェリーに乗ること10分で「宮島」に到着。
桟橋から商店街をぶらぶら歩いて「厳島神社」→「大願寺」→「五重塔」→「豊国神社」というコースでした。今回もお天気に恵まれた旅になりました[晴れ]

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金のなる木の花が満開に!    [庭の植物たち]

寒さの厳しいこの時期に、ベランダで「金のなる木」の花が満開に向かっています。
室内に入れている時よりもゆっくりと開花に向かっているように感じています。
そして、乾燥している室内に比べて花の寿命が長いような気がしています。

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実際の「金のなる木」の花は小さいのですが、アップで撮ってみました。
かわいいピンク色の花。
規則正しい形が好きです。

ブログの更新が滞っている間に次男家族と一緒に広島を旅してきました。
慌ただしい日々の中の慌ただしい旅でした。

次男がいくつか旅の候補地を連絡してきたので、その中から候補のひとつ「宮島」へ。
広島ですから、平和公園にも出掛けました。
初日は「宮島」に宿泊。2泊目は「鞆の浦」泊。
広島の端から端まで移動した感じ。私は運転ができないので気楽ですが、慣れない左側通行の運転で息子もパートナーも大変だったと思います。感謝!
旅の報告を少しずつしてゆこうと思っています。

次男は今回の帰国目的の就労ビザの手続きも終わり、明後日に家族揃って出国します。
今日は中高と6年間一緒にバスケットをした仲間に会うために出掛けました。沖縄にも1泊2日の弾丸旅行をして大忙しの日々でしたが、ほぼ目標をクリアしたのではないかと思います。

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